他人事と云う言葉が有ります。自分の事では無い、自分には関係ないという意識の状態を指し示しているのでしょう。

 では、皆様はご自身のこと、夫婦のこと、子供のこと、ご両親のこと、兄弟のこと・・・何処から他人事となるのでしょう。

 十代から八十代の方々のお話を聞かせて頂いて感じたことですが、兄弟のことを意識出来ている方は、年齢が上がれば上がる程、他人事に成っていくようです。しかし、一時的に他人事に成らない一瞬が有ります。

 親が亡くなり財産分与の時だけ自分事に成ります。

 ご両親のことを意識出来ている方は、親にお世話に成っている時は、口では感謝と言っていても、親のお世話をしなければならなく成ると他人事に成ります。しかし親に相当の財が有る一部の方は、何故か遺言が作成されるまで自分事に成りその日を境に他人事に成ります。又、親が自分の名前や顔を覚えてくれている間は自分事ですが、認知出来なく成った日を境に他人事に成ります。

 子供のことへの意識は、母親と父親とは違う様です。

 母親は自分事として私有物にし、父親は他人事として義務感で間接的に関わっていく方が多いようです。

 夫婦のことは、新鮮な間は自分事ですが、問題が一つ、二つと増えるごとに他人事に向かって一気に加速します。

 自分自身のことに対しても、自分事として今日まで目標を持って努力を重ねて来た人もおられますが、その様な方はごくごく希でした。

 自分の事を考えたことも無い人、欠点は分かっているが改善策を知らない人、成るように成ると楽観している人、健康管理を助言されても努力しない人、ご自身とはと質問をされて、たまたま今有る自分を探そうとする人、自分自身の事であっても他人事にしている事に気付いておられない方が余りにも多いことに驚きます。

 その日の出来事、それに対しての自分の言動や感情を振り返り気付き、反省し、より正しい心のあり方、言動を学び身に付けていく日々を送られている方をお釈迦様は自分事の生き方と申されています。

 毎日が、気付き、学び、積み重ね、成長、感謝の日々と成る方です。

 夫婦のこと、子供のこと、ご両親のこと、兄弟のこと等を自分の事として真剣に向き合おうとしているご自身がそこに居ますか。

 春の彼岸 ご自身に 今一度問い掛けてみませんか。
ご自身の中で 自分の事も 他人事にしてしまっていませんか。

 ご先祖の事を自分事として心から大切にされる方は、全ての事を自分事とされていく方でしょう。

合掌