二十歳前後の方に、将来どの様な人に成りたいですかと問い掛けたところ、今まで考えた事もないと答える方から、夢を語り始める方、自分の人生を左右する重大な問題と真剣に模索されている方等、一人一人全く反応が違います。人として近い将来、又晩年に在りたい自分に対して、これ程の考えの違いが何故起こるのでしょう。

 一人一人生まれてからの人生体験を聞いていくと、最も影響力が有るのは御両親の姿でした。毎日喧嘩する親、無視し合う親、悪口を言い合う親、子供に何もさせない親、子供のお金を使い込む親、上からものを言う親、感情で接する親、これらの親に育てられた子供への影響は計り知れないものがあります。考え方だけではなく、性格や精神の安定度、思慮の深さ、物事への関心度やクリエイティブな広さや深さまで違ってきます。深く人生を見詰められる人か、深さが分からない人かも親との関係が大きく影響しています。

 苦も、その方の成長の為に活きる苦と、総てを不幸に導く苦があります。此の世での体験は一人一人、毎日皆違うものです。世界を飛び回っている方から、一日中家にいてテレビを見たり愚痴を言って過ごす方まで、人の数だけの異なった体験をしています。これ程無限の数の項目を体験できるように、いったいどなたがプログラムして下さっているのでしょう。

 自分が考えてしているって・・・果たしてそうでしょうか。ご自身が考えてしていることなら、思い通りの夢のような人生を過ごされていると云うことですよね。

 人間社会で生きて行く中で、一人一人極端に考え方が違い、理解できない程の隔たりが有ることを知ることは重要です。人は皆、思いや感じ方、好みが極端に違う事を、認識出来る方とそうでない方とでは人間関係でトラブルの数が大きく違います。

 その上、人の考え方を変える事は此の世の何よりも困難であることを認識出来ている人は、ストレスが大きく減少します。変える事が不可能と知れば認めていくしかないことに気付けるからです。それ程人の考え方は変えられるように見えていて、大盤石のように全く動かないものです。

 家庭や職場、地域の人間関係の中で他人は変えにくいもので有ると認識できた時、同じ目線で自分を見、自分も変えにくい人間の一人で在ることに深く気付けるでしょうか。誰に対しても頑固に自分の考えを押し付けている自分、間違っているか正しいかも考えず、人の意見を聞かない自分、人に意見を言わさない自分、自分を変える気など微塵もない自分に気付けるでしょうか。

 人は体験していない事は理解出来ません。それが幼い時であっても八十才を数えていても。同じ体験をしたからといって同じ様に感じる事もありません。体験が気付きを増し気付きが深さを増していくものです。

 人生は人の営みだからと、人は人以外を認めようとしない方もおられます。しかし地球規模で見たとき、植物を含め此の地球上では総ての生き物が連鎖しています。この連鎖は小さなミツバチが減少しても植物に又その後の連鎖に大きな影響を及ぼす問題が指摘されています。この連鎖は人間が作りだしたものでしょうか。

 先程の人の体験もそうですが、経文を開くと地球を越えた宇宙の営みと心の世界の繋がりが説かれています。我々は生活の周りに自然を無くしていった様に、心の中に自然に対する感謝や恐れをなくし、先祖や神々の存在をも忘れてしまうほど、忙しさのあまり心を亡ぼす姿となってしまったのではないでしょうか。その結果、総て佛の智恵を頂いての生き様であることを認められなくなったのでしょう。自分の力のみで生きていると言い張る人間のあまりに多い事か、人は何と偉く愚かな存在となってしまったことでしょう。この様な人に、佛は為す術をお持ちではありません。

 神仏はどの様な方も差別なく救われるとお思いの方、それは、自分のことだけしか考えられない無知な部類の人間の妄想です。喉が渇いている人は水を渇望し飲みますが、渇きの無い人は望みません。救いも相手が本当に望まなければ、神仏も救えないことを知ることです。周りを理解しようとしない人が、周りから理解されることはありません。他の人々に幸せに成る手助けをしない人が、人から手助けをしてもらえることはありません。

 御先祖からの教え伝えは、人の習慣や慣習の中に息づき、家風となって蓄積され智恵となって引き継がれていきます。綿々と引き継がれてきた智恵の中には自然との関わり方、神々や先祖の霊とのお世話やお祭りの作法、祈願の教えや神業の言い伝えなど、それら御先祖の教え伝えを真剣に身に付けようとせずに、今皆様は何を求め何を第一と考え、何処を目指して歩もうとされているのでしょう。

 幸運の神から見放されたと思っている方、幸運の神である貴方の親、先祖を見放したのは、貴方の方ではないでしょうか。

 秋の彼岸、ご自身をしみじみ振り返り、これから先何をする事が此の世に産んで頂いた方への恩返しでしょう。遠い先祖から引き継がれて来た尊い命、先祖に思いを馳せずに己の命を活かせる答えが在るはずは無いでしょう。

合掌