今回は、ご自身の魂の成長について見つめてみませんか。

 お経には、人は何百何千何万回も生まれ変わって魂を磨くと説かれています。それほどの歳月が必要とされるほど、魂は成長しにくいようです。魂が成長しにくい原因は色々あるでしょうが、今回は日常の心の動きの中から探って見たいと思います。

 お経に、驕りと云う言葉があります。自分は偉いんだと思い込む、未熟な人間であることに気が付かないと云う事でしょう。ですから、誰の言う事も聞く必要がないのです。偉いと云う感覚ですが、社会的立場が高い、年上である、男である事などが、偉いと思える条件のように考えがちです。しかし人は、年上であろうが年下であろうが、男性であろうが女性であろうが、幾ら低い立場であろうが高い立場であろうが、皆自分が一番偉いと思って居るようです。

 ご自身はどうでしょう。妻や夫、子供の言う事を心よりハイと聞き、即実行しているでしょうか。殆どの方が夫、子供の言う事、妻の言う事を全て、いい加減に聞き流している自分が見えるのではないでしようか。この、一見当たり前になっている日常の感覚が、魂の成長の妨げとなっているのです。

 人は全ての基準を自分に持っています。自分自身が基準ですから、回りが自分の基準に合わすべきで、自分を改める事は必要ないのです。自分自身が基準と云う事、今ではそれが正しい、良いことの様に思われています。一人一人がその様な考えですから、夫婦であれ親子であれ、人が二人居るという事は、基準が二つ、五人居ると基準は五つと云う事になるわけです。どうしても自分の規格に合わさせようとすると、お互いの基準を言葉でぶつけ合う姿、即ち口喧嘩の始まりです。

 この様な日常の姿を変えるために、どのようにすればよいのでしょう。それは佛の知恵に触れることです。佛の知恵に触れることで、ご自身の基準、標準がどれだけズレているか気付くことが大切です。日常生活の中で改めなければならない事は、特に気が付きにくいものです、お経に説かれている言葉に沿って、ご自身の心と対していく事が肝要とされています。妻は夫に物わかりの良い夫にと、夫は妻に気が付き優しければと、子供には努力してくれたらと、みんな成長を切望している心の叫びです。夫も妻も子供も、毎日全員成長しなければならないのです。それを驕りは、他人の事のように思わせ、自分は成長しなくて良いと思い込ませるのです。

 春の彼岸、いつもの様に、そう云うことかと済ますことは、知る事に満足しただけで、何のために知ったか、知る機会が与えられたかは分かりません。知ったこと、注意を頂いたことは即実行して初めて自分が気付き、自分の魂に入り込む事ができます。

 お経に添ってゆっくりと自分を見つめ、今日から毎日、ご先祖と供にお経を読み、心の養いをさせて頂き、先祖供養を正しく真心を持ってさせて頂く事により、人としての有るべき姿と意義を体験していかれるでしょう。そして、彼岸である彼の岸、即ち悟りの岸は近付き、生かされ、生きている関係が、より深く自然に心楽しく、感謝に満ちた日々と変わらせて頂く機会となることでしょう。

合掌